政治

岸信夫と安倍晋三の苗字が違う理由は養子?仲がいい・悪いの評判は?

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菅内閣で初入閣されたのは5人。

そのうちの1人、岸信夫さんは安倍前総理の「実の弟」という事で注目を浴びていますね。

「実の弟」と言われていますが、苗字が違います。

その理由には「養子」という背景がありました。

この記事では岸信夫と安倍晋三の苗字が違う理由は養子?仲がいい・悪いの評判は?と題して、岸信夫さんと安倍前総理の苗字が違う理由と、過去や現在のお2人の仲についてもまとめていきます。

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岸信夫と安倍晋三の苗字が違う理由を家系図で解説


岸信夫さんは安倍晋三元総理の両親、安倍晋太郎・洋子夫妻の三男にあたります。

家系図は、こちらのツイートの画像をお借りしました。

安倍家の兄弟は3人。

  1. 長男:安倍寛信 (1952年5月30日生・68歳)
  2. 次男:安倍晋三 (1954年9月21日生・65歳)
  3. 三男:岸信夫 (1959年4月1日生・61歳) 

岸信夫さんは安倍晋三元総理の5歳差の弟です。

岸信夫さんは、安倍晋三元総理の母親の兄岸信和さんとその妻・仲子さんの元で養子となっています。

養子に出された理由は、安倍晋三元総理の母親である安倍洋子さん。

洋子は岸家の血が途絶えることに思いを馳せ、信夫を養子に出した。

引用元:デイリー新潮

 

実家である岸家に跡継ぎがいなかったことを懸念し、3番目が男の子なら養子に出すという約束を自ら事前にしていたのだそうです。

養子として育った岸家はこんな家柄

義父の岸信和さんは、第56・57代総理大臣の岸信介さんの長男で、安倍晋三元総理の母親の兄に当たります。

義父の岸信和さんは大学卒業後一般企業に入社しましたが、祖父の岸信介さんが総理大臣を務めていたとき、内閣総理大臣秘書官を務めたものの、内閣解散後は政界を離れ西部石油に入社し、後に会長となりました。

岸信和さんがずっと政界に身を置かなかった理由は、

信和さんは3歳のときに小児麻痺を患い、終生、足を引きずっていました。
(中略)
京都帝大を卒業後、身体的なハンデもあって政治の世界には馴染めないからと、宇部興産に入社。26歳のとき、元山口県議会議長で衆院議員も務めた田辺護さんの次女、仲子さんと結婚した。実業の世界に身を置いたものの、父親の総理秘書官を務めていた義弟の安倍晋太郎さんが衆院選出馬で辞めたため、代役を引き受けた。

引用元:デイリー新潮

と話しています。

そんな義父を持ち、さらに義母の仲子さんは岸信夫さんを実の子供のように育ててきたそうです。

もちろん祖父の岸信介さんが総理大臣を務めたのは安倍家・岸家から見ても同等ですが、安倍家は父親の安倍晋太郎さんは結婚後をずっと政界で活躍されてきたのに対し、岸家は父親が政界第一線ではない環境で育ちました。

それでも岸信夫さんが政治家の道に進んだのは、実の母親である洋子さんのおかげだったそうです。

〈洋子は岸家の血が途絶えることに思いを馳せ、信夫を養子に出した。しかし、時を経るとともに養子に出したことを悔やみ、結局信和夫妻が手塩にかけて育てた信夫を、わが子同然のように接し政治家に就かせた〉と書いてある。その結果、信夫氏が大学生になるまで養子であることを伝えず、お腹を痛めた実の子のように育ててきた仲子夫人は精神を病み、信和氏と離婚をすることになったとという。

引用元:デイリー新潮

  • 安倍晋三元総理の母、洋子さんは自ら岸信夫さんを養子に出したものの後悔し、わが子同然に接するようになった
  • 岸信夫さんの義母の仲子さんは精神を病み、離婚した

とても複雑な家庭環境で育ったことが伺えます。

岸信夫はいつ養子に出され、いつ知った?


岸信夫さんは1959年4月1日の生まれですが、生まれてすぐに養子に出されました

第57代岸内閣で岸信夫さんの祖父・岸信介さんが総理大臣就任中、父親の岸信和さんが内閣総理大臣秘書官を務めていましたが、養子に出されたのはその時期のことでした。(第二次岸内閣は、1960年に解散しています)

岸信夫さんはご自身が養子だと知った時期について次のように述べています。

高校3年生のときでしたね。大学に合格して、入学のための書類を自分で書いていたいたんですよ。そこで戸籍謄本を取り寄せたら、「養子」と。単純にびっくりしましたね。誰も言ってくれなかったので、そこで初めて気が付いたんですね。

引用元:マイナビニュース

  • 岸信夫さんが自身が養子と知ったのは高校3年生のとき。
  • たまたま戸籍謄本を取り寄せたときに自分で気が付いた

初めて自身が養子であることを知ったときには混乱し、気持ちを整理するのに時間がかかったそうです。

岸信夫と安倍晋三は仲がいい?悪い?評判は?

岸信夫さんと安倍晋三元総理は、高校を卒業するまで「いとこ」と思って暮らしていたということですが、仲は良かったのでしょうか?

お2人の過去の仲について、岸信夫さんは2020年3月のインタビューで次のように答えています。

私は両親ともに東京で暮らしていたので、いとことしてお互いの家に行ったり来たりしていたんです。ただ、安倍家とのつながりは密なので、一般的ないとこ同士よりは会う回数は多く、私からすると高校生になっても、仲の良い親戚のお兄さんでした。

引用元:マイナビニュース

一般的ないとこ同士より合う機会が多く、仲の良い親戚のお兄さん

兄弟だと分かったときは混乱し、気持ちの整理に時間がかかったという岸信夫さんですが、現在も正月や夏休みはゴルフをしたり、お互いの家族と夕食をとったりと、とても仲が良いようです。

岸信夫さんが養子にされたことを巡って両親が離婚するなど、複雑な環境でありながらも、良好な関係を築いてきたようでした。

岸信夫さんは、現在の安倍元総理との関係については「いとこのような関係」と話し、また「自分は岸家の人間だ」と割り切っているように見受けられます。

兄弟ではあるんですけど、どちらかというと、今もいとこ同士みたいな接し方になっているかもしれないです。というのも、私は岸家の人間だし、兄は安倍家の人間ですからね。

引用元:マイナビニュース

 

養子であるという事実をしっかりと受け止めながら、安倍元総理とは素敵な関係を築いていることが分かりますね。

岸信夫と安倍晋三の苗字が違う理由まとめ

今回は岸信夫と安倍晋三の苗字が違う理由は養子?仲がいい・悪いの評判は?についてお送りしました。

岸信夫さんは生後すぐに、跡継ぎがいなかった母親の兄の家庭で養子となったため、安倍元総理と苗字が違う事が分かりました。

安倍元総理とは仲が良く、良好な関係でこれからの内閣での活躍が期待できますね。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

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